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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和58年(ネ)80号 判決 1984年4月04日

控訴人

谷口敏明

右訴訟代理人

奈賀隆雄

宇治宗義

被控訴人

魚津照子

右訴訟代理人

藤本猛

主文

原判決を取り消す。

本件訴を却下する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

まず、本件訴の適否について判断する。

<証拠>によると以下の各事実が認められ右認定に反する証拠はない。

一控訴人と被控訴人が夫婦として同居していた昭和三七年八月頃本件建物が建築され昭和三八年一〇月被控訴人を権利者とする所有権保存登記がなされていたところ、控訴人と被控訴人は昭和四七年一一月二日離婚し、その頃から両者間に右建物の所有者が何れであるかについて争いが生じた。

二昭和四七年一一月被控訴人が控訴人に対し本訴として本件建物の所有権に基き建物の明渡、損害金の支払を求める訴を提起したところ、同四八年に控訴人は被控訴人に対し反訴として、右建物の所有権に基き所有権保存登記の抹消登記手続を求める訴を提起した。(富山地方裁判所魚津支部昭和四七年(ワ)第二八号、同四八年(ワ)第二一号、以下「前訴一」という。)右訴訟は同裁判所により、被控訴人が本件建物を建築所有しているものと認められ、昭和五一年三月二二日本訴を認容し、反訴を棄却する判決がなされたが、これに対する控訴人の控訴により名古屋高等裁判所金沢支部に係属し、同支部昭和五一年(ネ)第六五号事件として昭和五四年一月一七日控訴棄却の判決がなされたところ、更に控訴人の申立により最高裁判所昭和五四年(オ)第四三〇号事件として上告審に係属したが、同年一〇月一二日上告棄却の判決言渡がなされ確定した。

三しかるに控訴人は右前訴一についての一審判決後の昭和五一年一二月右判決の執行を免れるため、有限会社誠幸堂を設立し右会社の代表者として本件建物の占有を続けたので、被控訴人は、有限会社誠幸堂に対し、本件建物の所有権に基きその明渡、損害金の支払を求める訴を提起した(富山地方裁判所魚津支部昭和五四年(ワ)第一五号、以下「前訴二」という。)。右訴訟において、控訴人は右会社代表者として、本件建物は控訴人が建築所有したと主張したが容れられず、同裁判所により被控訴人が本件建物を建築所有しているものと認められ、昭和五五年四月一日右請求を認容する判決がなされ、右判決は、これに対する控訴人の控訴による名古屋高等裁判所金沢支部昭和五五年(ネ)第七四号の同年八月二七日言渡の控訴棄却の判決を経て、最高裁判所昭和五五年(オ)第一〇六三号の昭和五六年二月二六日上告棄却の判決言渡により確定した。

四更に、控訴人は、被控訴人に対し本件建物の所有権が被控訴人にあると主張し、右建物敷地の所有権に基き本件建物の収去土地明渡、損害金の支払等を求める訴を提起した(富山地方裁判所魚津支部昭和五四年(ワ)第二九号、以下「前訴三」という。)。右訴訟において、本件建物の所有権が被控訴人にあることは争いがないが、その敷地は控訴人、被控訴人の共有にかかるものであると認められ昭和五六年三月一三日請求棄却の判決がなされ、これに対する控訴人からの控訴についても名古屋高等裁判所金沢支部昭和五六年(ネ)第六五号の同年一〇月一四日言渡の控訴棄却の判決がなされた。(右判決については上告の提起がないことは当裁判所に顕著な事実である。)

右認定の事実関係によると、控訴人の本件建物の所有権確認を求める本件訴訟と前訴一とは訴訟物を異にし、前訴二とも当事者、訴訟物を異にするとはいえ、いずれも本件建物の建築所有者が控訴人、被控訴人のどちらであるかの争いであり、本件訴訟は右前訴一、二において確定判決により判断されている事項についてのむし返しに過ぎないものであると認められるばかりでなく、控訴人は右各前訴において敗訴判決を受けるや各前訴及び本訴と全く矛盾する主張による本件建物の所有権が被控訴人にあることを理由とする前訴三を提起していることを考えると、前訴一提起後約九年を経過してさらに控訴人が本訴を提起することは確定判決を得た相手方の権利関係の安定をいたずらに妨げ、訴訟経済の理念に反し、信義則に照らし許されないものと解するのが相当である。

以上の次第で、控訴人の本訴請求については訴権の要件としての正当な利益を欠くものであり本件訴は却下すべきものである。よつて右と結論を異にする原判決を取り消し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(山内茂克 三浦伊佐雄 松村恒)

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